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2020 12/28

藤沢宿 往く年、来る年 コロナ禍のお参りは分散型参拝を

「新型コロナ」ウイルスに始まった令和2年から、「コロナ」ウイルスによる影響が無くなり、皆が安心できる希望の新しい年を祈る「令和3年」がスタートします。「新型コロナ」禍は今までの生活環境から一変した世の中になって仕舞いました。

こうした状況下から私達の幸と家内安全を願っての神社やお寺さんへの参拝は分散参拝として密にならない参拝のお願いが各お寺や神社から出されています。また拝殿の鈴や手水舎のひしゃくが取り外されている場合もあります。昨今の環境下ですので今回のお参りは十分注意して参拝しましょう。

<白旗神社>

御祭神である「源義経公」の没後830年、鎮霊碑合祀20年を記念して2019年に「義経、弁慶」銅像が建立され、2020年には参拝者の身体健全を願うことを目的に罪穢れを流す「みそぎ川」が造られたことは,このコーナーの「わくわく藤沢宿通信」でご案内しましたが、あわせて境内を照らす夜間照明が設置されました。

牛若丸(義経の幼名)を描いた「絵画」が皆さんをお迎えます

義経公(幼名・牛若丸)は源義朝の末子で幼児のころ鞍馬山に入れられ遮那王と称し、毘沙門天に祈って昼は学問を修め、夜は鞍馬の奥で武芸に励んだ。平治の乱で父を失い、平家が父の敵であることを知り平家打倒を心に秘め、奥州平泉の藤原秀衡のもとで青年期を過ごし、異母兄弟である頼朝が挙兵するとその軍に加わり平家一門を追討し兄頼朝率いる源氏軍勝利に導いた。しかし頼朝と義経の仲たがいの策によって平泉で自害する不幸な波乱万丈の歩みをしました。腰越での首実検のあと、境川を上ってきた義経、弁慶の首は住民によって丁重に葬られ、頼朝の意向で白旗神社御祀神として祀られた、と伝えられています。

義経・弁慶銅像

毘沙門天さま

毘沙門天、義経・弁慶像の神社御朱印

新たなお守り

「警察官お守り」「消防士お守り」「医療従事者お守り」が奉製されました。「私たちの平和な日常を守ってくれる職業に従事する方々の安全を祈るお守りがあれば…」とのお声を受けて奉製。「警察官お守り」には神奈川県警の制服をモデルにした、とのことです。

境内照明設置されました

点灯時間は毎日17時~翌朝5時まで点灯されています。

「新型コロナ」対応として手水舎の柄杓撤去、各所への消毒液設置、祈祷者への検温実施・代表者のみ昇殿等を実施しています。

<諏訪神社>

諏訪神社は建武2年(1335年)遊行寺呑海上人によって信州諏訪から勧請されたと言われ藤沢宿の東方面の町々の総鎮守。当時は遊行寺と諏訪神社は一つの山に存在していました(現在は山を切り開いて東海道が通っています)。

昨年の参拝の様子

「神仏習合」の珍しい神社神事

明治以降は「神仏分離」政策によって神と仏は区分されていますが、諏訪神社は現在でも「神仏習合」の仕来たりの珍しい神社です。正月元旦には遊行上人が参拝(10時00分~10時30分)され、「南無阿弥陀仏」のお札の頒布がされます(場合によって変更があります)。

御朱印

御朱印は4種類ですが、今年の御朱印頒布は書置きのみ頒布とのことです。

授与品頒布等で神社関係者が常駐するのは正月3日まで。元旦午後や大学駅伝通過後は例年込み合いますので分散参拝をお願いします、とのことです。

<遊行寺>

遊行寺境内には「本堂」「ひぎり地蔵尊」「宝物館」はじめ広い敷地にはお参りどころが多くあります。

宇賀弁財天と銭洗い弁天

宇賀神社に祀られる宇賀弁財天は徳川の祖と言われる徳川有親の守り本尊と言われています。宇賀弁財天は開運弁財天と言われ、「銭洗い弁天」として江戸時代から藤沢宿の人々に信仰されました。銭を洗うことによって財福を招くとして現在でも人気のある藤沢宿の唯一の弁天様です。

遊行寺と銭洗い弁天の御朱印

 

迎える新しい年は「コロナ」の収束した良い年であるように、また「ご家族ご一同の健康と幸せ」であるように、地元の神社、お寺にお参りしては如何でしょうか。「コロナ」対応として今回は分散お参りをご検討下さい。

(参考資料ー白旗神社、諏訪神社、遊行寺の各資料等から)

藤沢宿「わくわく藤沢宿通信」№28

 

 

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